日本共産党 参議院議員(大阪) たつみコータロー

日本共産党 参議院議員(大阪) たつみコータロー

プロフィール

profile

参議院議員1期たつみコータロー(辰巳孝太郎)

1976年大阪市西淀川区生まれ。米エマーソン大学映画学科卒。
参議院議員1期。2013年大阪選挙区から当選。
此花区生健会事務局次長、全大阪生活と健康を守る会連合会常任理事を歴任。
コソボ高校生の日本招聘プロジェクト事務局長、ラジオ派遣村村長代理。
03、07、11年の府会議員選挙・此花区に連続立候補。
2012年から2013年、在阪ラジオ局の映画解説番組でもシネマナビゲーターとして活躍。
現在、参院国対副委員長、予算委員会理事、経済産業委員、ODA特別委員会理事。
党常任幹部会委員。
党国会議員団リニア中央新幹線問題プロジェクトチーム事務局長。

たつみコータロー

エピソード

'76

'76やんちゃな子ども時代

やんちゃな子ども時代

大阪市西淀川区生まれ。男ばかり4人兄弟の末っ子。小学生当時の将来の夢は「正義の味方」「ジャッキー・チェン」。周りを笑わせることが大好きなお調子者。
やんちゃな子ども時代

'96

'96米へ留学

米へ留学

北野高校時代はラグビー部へ。花園へのキップは逃したが苦しい練習に耐えたことは今に活きている。生徒会長としてバングラディッシュのハンセン病患者支援のボランティアも経験。
大学はアメリカに留学。映画監督を目指して日々勉強。卒業後、ヨーロッパ、東南アジア、など世界をバックパックでまわった。一番印象に残った国はインドで、人々の生命力に圧倒された。
米へ留学
米へ留学

'00

'00反戦の思い強く

反戦の思い強く

帰国後、映像関係の会社に勤務、その後戦火に苦しんだコソボの高校生を招聘するプロジェクトに参加。NATO軍からの空爆を経験した高校生達の「米テロは当然の報い」という言葉に衝撃を受ける。武力行使は「憎しみの連鎖を作るだけ」。アフガン、イラク戦争にひた走る米国を唯々諾々と支援する日本政府の方針に怒りを覚えた。
自分も反戦の声をもっと挙げねばと、戦前から命がけで反戦の旗を掲げ続けきた日本共産党に入党。
反戦の思い強く

'03

'03市民団体職員として格差と貧困の解消に全力

市民団体職員として格差と
貧困の解消に全力

2003年、26歳で府会議員選挙に挑戦し落選。その後も2007年、2011年と挑戦。その間、低所得者や生活保護受給者を支援する団体、「生活と健康を守る会」の事務局員として9年間勤務。生活相談の件数は7000件に上る。夫からのDVで食事も与えられずやせ細った妻からの相談や、多重債務で苦しむ方々の問題解決に奔走。「格差と貧困は100%政治が作り出した。解消する責任は政治にある」との思いを強くする。
市民団体職員で格差と貧困の解消に全力
市民団体職員で格差と貧困の解消に全力

'13

'13参院選挙に立候補

参院選挙に立候補

「政治の大本を変えなければ」と参院選に挑戦。大阪で「新自由主義」、「自己責任論」をかざし、戦前まがいの思想調査まで行った維新政治との対決。日本共産党としては15年ぶりの大阪選挙区で議席を獲得した。
当選後、国土交通委員としてリニア新幹線の問題などを取り上げて奮闘。厚生労働委員会でも改悪生活保護法や改悪労働者派遣法など幅広い分野で政府を追及。2015年の「戦争法」では、防衛省が「インターンシップ」と称して、企業側から新入社員を自衛隊へ派遣させる制度を考案していた問題や、イラク戦争後に民間航空会社が武器弾薬を輸送していた事実を告発し、メディアでも大きく取り上げられた。
参院選挙に立候補
参院選挙に立候補

プライベート

妻、1女、1男
好物はマーボー豆腐。留学時代にチャイナタウンで食べたのが病みつきに。
趣味は映画鑑賞と格闘技観戦。映画べスト1は「ゴッドファーザー」
ボクシング、総合格闘技観戦も楽しみ。貧しい家庭に生まれたボクサーが、厳しい減量の中で闘う姿に感情移入する。好きなボクサーはマニー・パッキャオ。
留学生時代に長距離バスでアメリカ大陸を横断。帰国後もお金を貯めてヨーロッパやアジアの国々をバックパッカーの一人旅で訪問。知らない所に行くのが好きで、裏通りや市場などを自分の足で歩くのが何より。

プライベート