たつみコータロー
(およそ)10000字インタビュー

たつみコータローの半生を振り返る長時間インタビューです。ぜひ最後までお付き合いください。

暮らしと平和をまもる選挙

暮らしと平和をまもる選挙

―参議院選挙、街の反応はいかがですか?

手ごたえをむちゃくちゃ感じています。支援の輪が広がっているのがわかります。公示日を境にしてガラッと街の雰囲気が変わり、すごく反応が良くなっています。
老後の資金2000万円不足の年金問題。「どうにかせえ」とみんな思っている。それから消費税増税の問題、とりわけ大阪は中小企業の街ですからね。増税反対の声は大きいです。私たち共産党は消費税増税に頼らない別の財源提案を示しています。この反応はとてもいいです。そして、子育て支援をもっとやってくれという熱い思いもたくさん受け取っています。
憲法9条は絶対変えてほしくない。変えてしまったら若者が戦地に送られるんじゃないか、という不安な声もたくさん寄せられています。

―年金は争点に急浮上してきました

そうですね。年金制度を改善できるのは国会議員しかいないんですよね。それなのに議論を避けてる国会議員がいる。予算委員会を開かない政府・与党。国会議員であることの資格がないと思います。

―ところで、声が…

はい。選挙戦2日目からすでに声が枯れています。でもこれは私の選挙の風物詩なんです。6年前の参議院選挙では初日に枯れていましたから(笑)。声が枯れるほど気持ちが入っています。

―大阪は維新の会が強い街です。今回、2人を擁立しました。

もちろん手強い相手です。ただ彼らは「与党の補完勢力」です。安倍内閣への不信任案にも反対をして、信任する党です。まずこのことをはっきりさせたい。いまの政治を変えたいなら、安倍内閣を信任する維新には任せられないんです。
維新にストップをかけられるのは、もう私しかいません。維新政治が、大阪の教育、医療、生活保護をどれほど悪くしているか。これを国会で取り上げて、国と大阪府の両面で包囲してきたというのが、この間のたたかいだったと思います。
大阪府が進める生活保護の水際作戦。これをやめるよう国に言わせる。あるいは、学力テストの結果で校長先生の給料を決めるというやり方について、文部科学大臣に「もう一回丁寧に説明する」と答弁をさせる。維新の政治を国政の課題にして正す。そういう仕事は国会議員である私にしかできないことでした。
今回の選挙、私は議席を失うわけにはいかない。彼らの2議席を許すわけにはいかないのです。

なんでもやりたがるタイプ

なんでもやりたがるタイプ

―たつみさんは1976年生まれ。大阪市西淀川区生まれですね。

4人兄弟、男ばかり。末っ子です。1番上の兄は介護関係、2人目はJICA(国際協力機構)。3番目は社会福祉法人に勤めています。末っ子にとって兄たちの影響は大きいですね。私が中学でラグビーをはじめたのも兄の影響でした。

―ラグビー部ではどこのポジションを?

スタンドオフです。ゲーム全体を見渡せる能力が必要な、いうなれば司令塔の役割ですね。自分で言うのもなんですが、一番かっこいいポジションです(笑)。

―かっこいいポジションは両サイド、ウイングじゃないんですか?

いや、スタンドオフです(笑)。中学、高校とラグビーは続けましたが、残念ながら花園には行けなかったなぁ…。

―高校時代にハンセン病患者支援をされていました

北野高校のOBで医師の畑野研太郎さんという方がいます。その方がバングラデシュのハンセン病患者支援をされていた。ハンセン病は注射一本打てば治ります。ところが国が貧しくまともにできない。そこで畑野さんがボランティアでお医者さんとして行かれていた。
私はこの話を高校の先生から聞きました。当時、私は生徒会会長をやっていたので、ワクチンを購入する費用を集めようというプロジェクトを立ち上げると…、これがうまく進むんです。生徒のバンドが演奏するチャリティコンサートを企画して募金を集めるという手法で、30万円くらい集めました。高校生で30万円って今思うとすごいですね。これを畑野さんに送りました。

―そうした支援を自主的に始めようとする背景には何があるんでしょうか

行動したい、何でもしたい、というタイプなんでしょうね。高校卒業間近に起こった阪神淡路大震災でも募金集めに走りました。とにかく行動する。これは昔も今も変わらないですね。
誰もやらない、やりたがらない、そういうのをやりたがる人なんですよ(笑)。「もうしゃあないな俺がやろう!」と。

ロバード・デュヴァルが出なかったから

ロバード・デュヴァルが出なかったから

―その行動力が国内ではおさまりきらずにアメリカへ?

子どものころから映画が大好きだったんです。映画監督になりたい、と。じゃあもう本場のアメリカに行こう、と。テネシー州の大学に行って、3年目からエマーソン大学の映画学科へ進学しました。

―もっとも好きな映画は「ゴッドファーザー」でしたね。

パート1ね。

―世間ではパート2のほうが評価が高いですね。

いやー、まあパート2もいいけれどね。過去と現在を行ったり来たりするでしょパート2は。ちょっと複雑ですから、んー、私はやっぱりパート1ですね。主演のアル・パチーノが三男坊で末っ子なんです。なんとなく、自分を重ねて見ていたと思います。そして一番好きキャラはロバート・デュヴァルですね。

―コルネオーネファミリーの顧問弁護士ですね?

渋い感じの、寡黙な感じの、できそうな…ね。
ゴッドファーザーシリーズはパート3はコケてますが、それはロバート・デュヴァルが出なかったからですよ!

―映画への情熱があったんですね。単身アメリカ、寂しくなかったんですか?

寂しいですよ! 孤独で帰りたくてね(笑)。その当時はスマホもないですし、実家にかける電話代も高くてなかなかかけられない。寂しかったなぁ…。
そして、映画をつくることと映画を見ることは別なんだということに気づき始めるわけです。制作者側に立つと、自分の才能とか、技量とか、根気とかで、本当にずっと映画を作り続けられるかはわからない。日本に戻ってから映像系の会社にも勤めていましたが、少し悩みが出はじめたわけです。ちょうどその頃ですね、コソボの話が来たのは。

コソボ紛争と転機となった9.11

―コソボの話とは、コソボ紛争ですね。

コソボ紛争はセルビア人とアルバニア人の民族間の紛争です。国連が復興支援に入っていく過程で、当時、国連ボランティアをしていた2番目の兄が、「セルビア側の高校生を日本に連れていきたいから手伝ってほしい」と話がありました。
コソボの高校生は自分が生まれた時からずっと国で紛争をしてる。そういう子どもたちに、かつては焼け野原となった日本がこれだけ平和に復興してるという姿を見せたい―、兄にはそんな思いがあったようです。もちろん「よしわかった、やろう」と。

―行動力ですね。

そうですね(笑)。

―まずはなにから始めるんですか?

資金集め。また資金集め、得意なのかな・・・(笑)。
彼らの日本への飛行機代をまずは集めないといけない。ここで高校時代の経験が生きたのか、企業や団体まわりをして、国際交流のためにお金を募りました。結構出してくれる人も多くて200万円! まだ余裕がある時代だったのかもしれません。
メディアに情報流して、来日の様子を取り上げてもらいました。奈良の生駒高校から「交流したい」と連絡がきましたね。地元の小中学校、大阪市長が表敬訪問もしました。

コソボから招いた彼らは日本に10日くらい滞在していました。ちょうどそのとき、2001年9月11日、世界同時多発テロが発生したんです。WTCに突っ込む飛行機をテレビで見て、彼らは拍手喝采していました。彼らからすれば、アメリカは自分らを空爆し、同胞を殺してる国です。彼らにとってはテロを受けるのも因果応報に見えたんです。

―複雑ですね。

私はニューヨークにも友達がいるので、もちろん心配するし、とんでもないことが起こったと愕然としている。その横で彼らは喜んでる。それはやっぱり根深い「憎しみの連鎖」があるんです。これは、私にとっては政治の世界に入る一つの転機になりました。
アフガニスタンの戦争があり、イラク戦争が続いていく。「もうおかしい」と。絶対に同じような憎しみの連鎖が起こるだろうと感じました。この戦争に反対をしていた日本共産党に入党しました。
父は共産党の市会議員でした。父の背中をみていて、自分はここまでの活動はできないな、と思っていましたが、9.11に背中を押されたと言えると思います。

やりがい、そして無力さ

―たつみさんは生活相談7000件の実績と打ち出しています。これは「生活と健康を守る会(生健会)」の事務局時代に頃の話ですね。

此花区で生健会の事務局を9年間勤めていました。受けた生活相談は7000件。生健会に相談に来られる方は、無年金の方や、それからもう明日に借り家を追い出される状況の方、深刻な方たちばかりです。私がそれまで知っていた世界とは違う、本当に衝撃を受けました。
まだ離婚していないけれど、夫は(日払いで)家にお金を入れてくれない、子どもが小さいから働けない、食事もままならない、家賃滞納して、親子ともガリガリになって、明日追い出される…そんな相談が多かったです。もう悲惨ですよね。
知り合いの大家さんに協力いただいて、すぐ貸してもらえる部屋を用意して、すぐに生活保護を申請。そういう仕事でしたね。

―大変な仕事ですね。嫌になったりしなかったんですか

いや、全くならないんですよ。家も確保できて、離婚もできて、生活がとりあえず何とかなると、それはもう喜んでくれるわけです。やっぱり人間、感謝されてうれしくない人はいないというか…、そう、人間というのはやはりそういう生きものなんですよきっと。人に感謝されることにやりがいを見いだすことができる生きものなんだと思います。

―逆に、自分の無力さを感じたことというのは、ないですか。

いっぱいあります。相談内容によっては、どうしようもできないこともあるんです。法律の壁がある。これはつらいですよ。
いまは国会議員の立場です。法律をつくっていく立場ですから、生健会での7000件の生活相談の経験は私の国会活動の土台になっています。

格差と貧困は政治の責任、政治を動かす

―生健会をへて、6年前の参議院選挙に出馬。初当選でした。

出馬の決意はわりと早くできました。生健会に勤めていて、「格差と貧困は100%政治が作り出した。解消する責任は政治にある」との思いもありました。
しかしまさか勝てるとは思っていなかった。「選挙に勝てる」という感覚がわからないですからね、最後までとにかく必死でした。

―当選後はブラック企業問題をはじめ幅広く国政課題に取り組みました

「弱い者いじめの政治をやめろ」という政治に対する人々の嘆き、叫び、怒りを込めて6年間で200回の質問にたちました。
国会で質問できるのは国会議員しかいません。国民の声を届けられるのは国会議員しかいないんです。1分1秒無駄にしたくない、という思いを強くもっています。一歩一歩国民のみなさんと政治を動かす、そういう活動をやってきました。そのなかでも、ブラック企業規制法案の提出は、参議院選挙で躍進した成果です。ブラック企業名の公表につながりました。
学費、子育て、カジノ、防衛、原発。本当に幅広くやりました。ここでも「行動したい、政治を動かしたい」の本領発揮ですね。

―そのなかでも最も印象に残っている国会質問は何ですか。

2014年に千葉県の銚子市で母子心中未遂事件が起こりました。
家賃滞納で自宅を追い出される直前に、愛するわが子を手にかけたお母さんの事件です。この母親は役所に相談に行ったのに、生活保護の申請をさせてもらえなかった。いわゆる「水際作戦」によって事件が起こってしまったのです。
政治は事件を防ぐことができなかった。本当に悔しくて悲しくて、変えたいという強い思いでこの質問をしました。格差と貧困のない社会をつくらないといけない、心からそう思います。

市民の声

―2015年、戦争法反対の世論が盛り上がりは国会の中からはどのように見えていましたか?

あの時は毎夜、市民の方がわーっと集まってきてパレードやデモをやる。それが国会の中まで聞こえてくるんですよ。審議をしていても聞こえてくる。こんなこと、はじめての経験ですから、世論のうねりを感じました。
市民の皆さんから「野党は共闘」という大きな声が上がりました。その声をうけて、私たちは野党共闘路線を2015年9月19日に提案をしました。
これは私たち共産党にとっても簡単な道ではないです。自分の党の候補者下ろそうということですから。でも、それでも安倍政権を止めないといけない、ということです。

そして7月21日参議院選挙へ

そして7月21日参議院選挙へ

―今回の参議院選挙、大阪選挙区はその野党共闘の仲間とも議席を争うことになります。

大阪は定数4ですから、野党共闘のメンバーが2つ取らなければならない選挙です。
誰が出てこようが2つ以上取る、と。私は自分の選挙をやるしかない。大阪、2議席を野党でとります。必ず、とります。
そして全国で見れば、今回32の1人区すべてで野党統一候補が実現し、野党共闘で闘う選挙です。安倍政権を倒そうと思ったら、野党が一体になってがんばるしかありません。

―6年前と比べて、ご自身どう成長されましたか。

法律のこと、もちろんまだまだ勉強とはいえ、理解できるようになりました。例えば、コンビニオーナーのフランチャイズ契約の問題でも、何が問題で、どう立法して、どう法律を活用して救済できるかという視点が、ぐっと広く、深くなった。

先日は山本太郎さんが応援に駆けつけました

―先日は山本太郎さんが応援に駆けつけました

はい、すごい盛り上がりでした。生活相談で出会った多くの人の思いをもって、国政で実現に向けて奮闘していることも代弁していただきました。山本太郎さんとは波長が合うんでしょうね。国会では同期で、取り上げてきた問題も格差と貧困の問題や、疑獄の問題。お互いに切磋琢磨してきました。山本太郎さんの追及から勉強させていただいたこともたくさんあるんです。この選挙、こういう形で共闘させていただいてうれしいです。ありがたいです。

― 一方で、投票率の低さが危ぶまれています。迷っている人、どうせ変わらないと思っている人にメッセージをお願いします。

老後のために2千万円貯金するのはムリでも、1票で政治は変えられる。
これは大げさじゃなくて本当です。
1票でくらしは変えられるし、平和を守れます。働き方も変えることができます。
自分たちの生活だけじゃない。子どもたちや、他の人たちのいのちやくらしを守る選挙。必ず投票に行ってください。
そしてやっぱり、いまの政治を変えられるのは市民と野党の共闘の勝利です。そしてその先頭で引っ張るのは共産党。共産党が伸びることは安倍政権にとって一番恐怖です。
あなたの一票で、一緒に変えましょう。

―当選したら「ゴッドファーザー」のデュヴァルを観ながら一息つきたいところですね。

いえ! 新しい国会でさっそく年金、憲法、森友、消費税…やらなければならない仕事がたくさんありますので、ゆっくり映画を観るのはもう少し我慢ですね

―本日はありがとうございました。